序列にだまされて
こんばんは
この挨拶いちいちいらないだろうけど、なんか書かないと筆が乗らないのです。
今日は年功序列をはじめ、世にはびこる序列について考えを巡らそう。
なんか年功序列についてはpodcastでも話したかもしれないけど、僕が忘れてるので聴いてくれた人も忘れているでしょうに。
結論から言ってみる。まず歳が上なだけで、歳下を見下す人はもう僕はダメです。軽蔑する勢いです。理解に苦しむ。そこでマウントとってくるのはおかしい。てかマウント人間がほんと無理です。
ただだからといって歳上に無礼な言動をしていいということでもない。だって歳関係なく無礼な態度はしていいわけはないはず。
礼節を僕は重んじる。親しき中にも礼儀あり、だ。
なんだろう、まず歳上という先に滅びていく可能性が高い人々がなにをもって偉そうにしている意味がわからない。というか偉そうにしてる人が減って欲しい。そんな人は偉くないからね。その人にもし本当に優位性があるのならば、態度でなく行動で示して欲しい。
年齢なんかに頼ってる奴はどうしようもないのだ。僕はそう思う。年齢ではない他のところでリスペクトさせてくれ。
他にも序列について巡らせる。
例えば会社で考える。
会社を作った創設者。果たしてみんながみんな偉いでしょうか。勝手に作っておいてふんぞりかえってたら笑えますね。
社長。偉いでしょうか。人を雇ってるから?いや、経営に必要だから雇ってるんでしょ。でなければ無能です。
先に入社した先輩方。偉いでしょうか。会社を築き上げてきた?いや、タイミングの問題では。
Google先生で、偉いの意味を調べた。
1.《形》他(の水準)を抜いて、まさっている。
2.品行や経歴や才能が立派だ。すぐれた。
3.地位や身分が高い。
うーん。やっぱりなんか変な言葉だなと思う。
要するに何が言いたいかというと、もしあなたが偉い人になりたいという奇特な人なら、偉そうな態度を取るのではなく、人から尊敬されるような行動を心がけてくださいというお願いをしたいわけです。
やっぱり持ち物とか所属とかで優劣うんぬん言ってるのは、もうおかしいと思うんですよね。
人間関係を構築する上で序列つけるのは変だと思って。
たしかに会社などでは誰が意思決定するかはとても重要だとは思うけど、序列をはっきりさせてしまうと社員の意見、数多く社員を雇っているのであればなおさら、多様な意見が死んでいくのでは。
社員が多い会社って年功序列の価値観がないとうまくいかないのかも。あー、なんか分かりそうでわからなくなってきた。勉強不足。
大企業ほど、トップダウンでしか上手く立ち回れないから、社員の数は多いのに様々な意見を活かせない。
逆に社員が数名ほうが、意見を色濃く反映できる。
だから大企業が多様性、多様性って言ってるのに違和感があったのはこのせいか。
すみません、勝手に納得してしまった。
どうかこのブログを読んでくれている人たちが、「うわ、こいつ偉そうに語ってやがる」とか思う人がいないことを切に願います。
もしそう思う人は筆者である私より自分のことが偉いと思っていることになりますよ。たぶん。
おやすみなさい。