鈍すぎる想像

カワムラが雑念を綴る。仙台でthe wordというバンドで活動していたり、無差別ラジオというpodcastをやっております。

LOSTAGE / HARVEST

LOSTAGEの新譜があまりにもやさしくて少し泣いた。

今まで堪えてきたものが、少しにじみでたような気がした。

 

https://twitter.com/lostage/status/1247118462238863361?s=21

 

どうしようもならないことがある傍らで、それを受け入れてどうにか出来ることをしよう。

そんなことを思えた。

 

今日聴いたこの歌はきっと忘れないな。

みじかくてもいい

ねむすぎて何が何だかわからなくなっているねむむらです。

 

Twitterの批判をしがちな僕ですが、理解し合えないなと感じる人を見かけるたびに、気づきを得られるので、健康な時は良いツールかもしれません。

 

あとこの状況でわかったふりをしないというのが大事な気がしてきました。ほぼほぼだれにも先が見えない状況なので、なんもわからんというスタンスで、すべて学んでやるという姿勢が望ましい気がしてきた。よって背筋が伸びる気持ちです。

 

ねます

大丈夫、まだ笑える

Twitter見てたらふつふつと湧いてくる何かがあってそれをつぶやこうとしたら、あれ、でもTwitterっていうツールはいま違う気がすると思ったかわむらです。

 

なのでブログに書きます。

 

マスク2枚を面白がったり、怒ったりするのはすごくわかる。‬
‪ただ1ミリも自分に責任がないと胸を張って言えるのか‬。
‪僕は言えない‬。

 

だってこの国の真っ当なやり方である選挙をくぐり抜けてきたのが、今の政治家でしょう。その票を投じたり、選挙にすら行かなかったのは、我々国民のはず。


‪ぼくは選挙にはなるべく行ってきたつもり。つもりでしかない。それも全ての選挙に行ったわけではなく、票を投じるのに頭をフル回転させだかというと自信がない。

僕は、マスク2枚支給と我が国の首相が言っちゃうような社会というか国を作った責任が自分にも少なからずあると思っている。1ミリもなければ今ごろリビングでポテチ食いながら笑えてるはずだ。だってこんなに滑稽なことはないでしょう。

 

だけど、僕はこのブログを見てる人に選挙行けとか言うつもりもあまりない。人に強く勧められて嫌になってしまってしまうことなんてしばしばある。だけど、誰かの言動に感動し、自らも行動しようと思うことだってある。僕は後者に賭けたい。

 

こんなの誰が見てるの?と言われかねないようなブログですらこういう本音を書くのは少し怖い。でもなんとなく信じている部分もある。読んでくれている人たちを。

 

そういうなんとなく人を信じたかったり、大切にしようと思う気持ちを大事にしていきましょう。

ぼくは負けない。こころはつよくもつ。それを毎日唱えながらふんばっている。

 

大丈夫

 

勘違いの不毛な議論

今日お昼休みにご飯食べてたら左の鼻から血が流れてきて、あ、こういう風に終わりってやってくるんだなと思ったかわむらです。

 

なんか怒りを通り過ぎて呆れを経由してこんな国になるまで自分自身は何も動かなかったのかという悲しみという終着駅にぶっとばされました。

 

Twitterやってるとついつい錯覚しがちだけどさ。この状況でマスク2枚配るとかって言われちゃってさ、もう分かったでしょう。自分のタイムラインは世論ではない。ただ己が作り出した都合の良い自分だけが観えてる世界だと。

Twitterの世界でいくらつぶやいても彼らには届かないし、何も変わらない。ただ議員にリプライ飛ばしたりすればわからんけど。それでもちゃんと見る議員がどれだけいるのって話。

それで今の議員たちは我々が票を投じたりとうじなかったりした結果です。

 

粛々とこの事実を受け止めながら眠りにつきます。

どうかご自愛ください

文字につかれたので、想像力を働かせて何かしらの企てをするかわむらです。自分の書く文字は大丈夫そうです。

 

正義の怒りと見せかけて、ただの暴力みたいな言葉達を見ていると、やはりどうしても悲しくなるし、言葉はナイフにも花束にもなるんだなとキザなことを思ってみたりもします。

 

暴力は目立つ。痛々しい。

暴力というものは僕には必要ない。僕は使わない。だけど誰かからの暴力から身を守るために盾は準備しておかないとなとも思う。その盾はきっと深く潜った思考と言葉だと思うし、仲間たちとの団結だったりもすると思う。

丁寧に丁寧に紡いだ言葉であれ、叩く人がいる。それも一見ある種の正義にも見えるようなハンマーで。

この自らの憂さ晴らしのために誰かを傷つける人たちはきっと消えないでしょう。

かなしいけど。かなしいけど、それが今の世の声なのかな。

 

 

 

取捨選択を迫られている。

 

 

何が悲しくて、何に憤り、何を大切にしているのか、それを考えたい。考えすぎにも気をつけよう。

どうかご自愛ください。

透明な膜で包めたら

どうも花粉症で目がかゆいかわむらです。

 

こんなとき、僕のような何者でもない言葉は無力だなと思う。

 

その言葉で人を1ミリでも動かせるのか?

そう自問自答すると詩も書けなくなってくる。とても厳しい状況です。

 

だけど、ふと友人の音楽を聴くと勇気が少しずつ湧いてきたりする。そう、ぼくは単純なんだ。単純ゆえに簡単だったり面倒だったりする。

 

音楽に救われたなんて話をたまに見聞きするけど、僕はこう思う。あなたに音楽を変換する力があったんだよって。生活していくためのエネルギーに変換する力が。

 

なんかいきなり上から目線ぽくなってしまって申し訳ないけど、まあポエミーでいいじゃないですか。ポエミーって言葉あったけか。まあいいや。

 

今いろいろと頭悩ませてることがあるのですが、どうなるかまったく読めなくなってきて結構追い詰められています。だけど、友人が相談に乗ってくれてたすかりました。

1人の脳みそでは限界ありますね。

 

まあなんかコロナの話をなんたらからんたら言うのは誰かを疲弊させてしまうので、あまりこういうブログとかでは言わないようにしたい。言いたいことはあるけど。

ネットだから各々が言いたい放題いう感じは嫌だから。見失わないようにだけ、祈ってます。

 

the word is △

顔がまるくなってきたなと思い、久しぶりに体重計に乗ってみたら体重が増えていたかわむらです。

 

がーんて感じですよね。なんか最近お菓子食べちゃうからなー。がんばってまた間食は控えよう。

 

昨日寝る前にくるりブレーメンって曲のライブ映像見たのですが、めちゃくそに良くて、ああこういう音楽今聴きたかったかもと思って、今も聴いてます、ワルツを踊れ。

ジュビリーも名曲だなあ。ハム食べたいはとても好き。

 

このアルバムの前のアルバムが出た頃ぐらいにくるりのばらの花のシングル盤を近所の中古CD屋で買ったという思い出が。book offのパクリみたいな名前だったけど忘れた。

 

くるりはなんか癒しだな。バンド名からしてゆるいよね。

 

あと最近は激安エフェクターを2個買いました、二つ合わせても5000円ぐらい。

最近スタジオ入るのがとても楽しい。月一ぐらいでしか入れないからなのかもしれないけど、音楽って楽しい。

 

なんで音楽好きなのかを少し考えてみたけど、たぶん僕より音楽に時間とお金と労力をかけてる人なんてざらにいるんだよなと思って、ちょっと寂しくなった。

 

でもぼくにとって、コミニュケーションツールとして機能していることが大きいのかもしれないな。音楽を好きなことによって、音楽好きな人と共通の話題ができるなど。

 

なんもなかったぼくにこれだと思わせてくれたのが、音楽なんですよね。

 

ほんと中学生でアジカンにハマるまでは、根暗だし、スポーツも苦手でそこそこ勉強だけできたでぶだし、まあ音楽好きになったあとも別に痩せなかったけどね。

 

良くも悪くもいまも付き合いがある人のほとんどは音楽好きだしな。あれ、ほんとかもしれない...なんかちょっと危機感は感じるな。今更だけど。なんか結構前にNO MUSIC,NO LIFEという言葉に対して文句つけたブログ書いた気もするけど、本当にそうなってきたのかな...

 

音楽がなければ他に趣味を探してるような気もするけど、この世界線では音楽がベストパートナーですね。料理とかにハマる世界線はあり得ますな。

 

何言ってるかわからなくなったので、試合終了