文字につかれたので、想像力を働かせて何かしらの企てをするかわむらです。自分の書く文字は大丈夫そうです。
正義の怒りと見せかけて、ただの暴力みたいな言葉達を見ていると、やはりどうしても悲しくなるし、言葉はナイフにも花束にもなるんだなとキザなことを思ってみたりもします。
暴力は目立つ。痛々しい。
暴力というものは僕には必要ない。僕は使わない。だけど誰かからの暴力から身を守るために盾は準備しておかないとなとも思う。その盾はきっと深く潜った思考と言葉だと思うし、仲間たちとの団結だったりもすると思う。
丁寧に丁寧に紡いだ言葉であれ、叩く人がいる。それも一見ある種の正義にも見えるようなハンマーで。
この自らの憂さ晴らしのために誰かを傷つける人たちはきっと消えないでしょう。
かなしいけど。かなしいけど、それが今の世の声なのかな。
取捨選択を迫られている。
何が悲しくて、何に憤り、何を大切にしているのか、それを考えたい。考えすぎにも気をつけよう。
どうかご自愛ください。